

国分山遺跡は、鷹合川と御祓川に挟まれた標高約32mを測る丘陵上に立地しています。
調査区の北側では、弥生時代後期後半~終末期にかけて築かれた3基の方形周溝墓や複数の木棺墓群、1棟の竪穴建物(約6.5×6.5m)などを検出しました。方形周溝墓の周溝は四隅が切れた形で、1号墓は周溝内側で約13.0×13.0m、2号墓は約6.5m×6.0m、3号墓は5.0×5.0mの規模を測ります。それぞれ中央部分に長方形の墓壙(1号墓:3.8m×1.9m)が見つかり、規模が大きく深い特徴があります。1号墓の墓壙からはガラス小玉約60点と石製の管玉2点が出土しました。県内でも調査事例が少ないことから、貴重な発見となりました。
また、1号墓の周辺では8基の木棺墓が見つかり、その内の木棺墓2からは勾玉3点と管玉20点が出土しました。
調査区の南側では、さらに方形周溝墓(4号墓:約6.5m×6.2m)1基、時期不明の炭窯とみられる複数の土坑、多数の小穴などが見つかりました。
4号墓は調査区南端に位置しており、次年度以降の調査区へ墓域が広がることが予想されます。
| 遺跡名 | 国分山遺跡 |
|---|---|
| 時代 | 縄文時代~近世 |